ぼくと祈は立ち並ぶマンションを挟んだ真ん中の小道をそのまま歩き続けた。
するとほどなくして目の前には灰色をした7階建ての大きなマンションが現れた。
緑の木々が極端に少ないこの土地は、正直居心地が良いとは思えない。
それに近くが工業地帯ということもあってか、あたりに充満している空気もどこかよどんでいるように思う。
息を吸い、朝独特の露草の匂いを嗅ごうと空気を肺の中に送り込めば、排気のねっとりとしたものが胃の中に広がり、気分が悪くなる。
少なくとも、ここはぼくの好みの場所ではなかった。
そんなことを思っていると、先ほどのヒステリックな女性の声がふたたび聞こえた……。
「この、泥棒猫!!」
それはとてもではないが子供に聞かせていい言葉ではない。
現に、ぼくの手を握っていた祈の小さな手はびくりとひとつ震えた。
視線を落とせば、祈は肩を竦(スク)ませ、不安そうに大きな目をぼくに向けている。
ぼくは祈に大丈夫だと言う代わりににこりと微笑み、ふたたび声のする方角へと視線を向けた。
どうやら声の主はこの灰色をした、7階建てマンションの廊下にいるようだ。
「なんとか言ったらどう?」
目の前にある建物を眺めていると、またヒステリックな声が聞こえてきた。
相手を非難する声は治まるどころか先ほどよりも荒々しくなってきている気がする。



