甘い旋律で狂わせて

「自分の素姓を、明かさずに?」


「そうだよ。そのほうが、都合がいいらしいから。

もともとは、ここで弾いてたときに業界の権威ある人から引き抜かれてね。ピアニストとしてもっと世に出るべきだって言われたんだけど、ネオはそういうのに全く興味がないみたいで。

その代わりというか、折れる形で引き受けた仕事がプロデューサーの仕事。だけど、ネオはどうしても世に出るつもりはないらしくて、素姓も何も明かさないのを条件に、その仕事を引き受けた。

誰かに注目されたり、有名になるのは面倒だって。だから俺ぐらいしかその仕事をしてること知らないんだよ」


そう言って玲さんは、綺麗に拭かれた透明のグラスを店の照明の光にかざした。



「なんで、そんなに頑なに世に出るのを嫌がるのかはわからないけどさ。まぁ、アイツはよくわからない性格だからね」


曇りひとつないグラスに反射する光が眩しくて、思わず目を細めた。


――光輝く場所が嫌いだと言ったネオだから、あたしはなんとなくネオの行動の意味がわかった。



だけど、その本意は未だにわからない。