甘い旋律で狂わせて

窓際の隅に置かれた、黒いアップライトピアノ。

そっとそれに近付き、ほこりの被ったカバーを床にずり落とした。



白と黒の鍵盤が、そっと顔を覗かせる。


あたしは震える指を動かし、おそるおそる白い鍵盤に触れた。




ポロン……



弱々しい音色が寂しげに部屋に響き

心の空洞に重くのしかかった。





忘れたかった。



でも、忘れられなかった。


一日たりとも、忘れることなどできなかった……。