食べられずに済んでよかった。
「彼は写真の勉強のために海外へ行ったの?」
「さあ、どうなんだろ……」
あの日は、どこで何をするのか問う余裕なんてなかった。
視線をつなぐだけで精一杯だったし、ショックの余波があったせいで次の日から観察を続行する気力もなかったから、彼のその後はまったくの不明。
親を見失ったヒヨコは、無力なものだ。
「こんないい写真を撮れる人だもん。今はカメラ関係の仕事してるんじゃない?」
「そうかもしれない」
返事をしながら眺めていると、博美さんも事務所から出てきて私の写真をのぞきこんだ。
「あら。仕事中に恋わずらい?」
茶化すようにえくぼを作る彼女に、私は慌てて弁解しながら本を閉じた。
「いえ。そんなんじゃないです」
「10年の片想いか」
羨ましいな、と彼女は言った。
「羨ましい?」
オウム返しに繰り返すと、博美さんは腕を組み、近くの壁に寄りかかってつぶやいた。


