「実際にこの本を見るのは初めてなんだ」
「なるほど」
返事をしてすぐ、なるほどなんて言っている場合じゃないことに気がついた。
「すみません。私が借り続けてたせいで」
「いいんだ。別に読みたかったからじゃないし」
「えっ?」
「だいぶ前に出した1冊の本が、今も誰かの手にあるんだなって確かめていただけなんだよ。探し始めてすぐ、図書館の司書の人に調べてもらったら『学生の女の子が借り続けているみたいだ』って教えてもらっていてね」
「学生の女の子って」
君だったみたいだね、と本を渡して彼は立ちあがった。
「ごめんなさい」
私もあとから続く。
「謝らなくていいよ。ただ、向こうに行ったらしばらく確認できなくなることが、少しだけ残念かな」
公園から目と鼻の先にある図書館を見遣り、彼は冷えた空気を吸いこみ、白いため息を煙草の煙のようにくゆらせた。
絶好のシャッターチャンスを逃したカメラマンさながら、切なそうな視線だけが対象物に注がれている。


