「そういえば、市村さん」
「はい?」
「この前頼まれていた本、お借りになります?」
「あ、はい。お願いします。仕事で使うもので」
「はい。少々お待ちください」
本を取りに行きながら、私は片想いの彼――司さんのことを考えていた。
私にとって、彼の存在は本当にラブの意味での「好き」なのかな、と。
市村さんのことで、恋愛の価値観が、微妙に変化してきているのかもしれない。
市村さんといると、すごく落ち着いて会話ができる。
でも、司さんといると、胸じゃなくて、胃が痛くなる。
冷静に考えれば、私にとってお似合いなのは、市村さんのほうに思えてくる。
彼は私のことを想ってくれているみたいだし、私がOKを出せば、すぐにでもきっと付き合える。
司さんのほうは、10年ほど前に別れて今年再会するまで、空白の時間があった。
彼がどんな生活をしてきて、どんな今を送っているのかさえ知らない。
好きな人がいるかどうかも、結婚しているのかどうかさえも不明。
彼のことを知っているようで、実は何ひとつ知らないんだ。
こっそり追いかけていた1年間は、彼の人生の『28分の1』に過ぎないのだから……。


