初恋プーサン*甘いね、唇


「本当に、気にしていませんから。頭を下げないでください」


「……ありがとう」


顔をあげた市村さんは、ホッと胸を撫で下ろす仕草をした。


「いい人なんですね。市村さんって」


自然にそんな言葉が出たのは、彼の優しさに呼応したからだろうか。


「全然。せっかくのお礼が、結果的にできなかったわけですから」


「映画だけでも、十分楽しかったですよ」


「いえ。約束はランチだったし。食事をしないまま図書館でおろして、さっ
さと帰ってしまうなんて。ぼくは最低です」


言いながら頭をまた下げるものだから、私は思わずくすくすと笑った。


「ふふっ。また下げてる」


「あ!いや、ほんとにすみませんでした」


ハッとしたように頭をあげ、照れ笑いする彼の表情は、私を和ませてくれた。


こんなに実直な人なら――とも思ってしまうほど、まっすぐな人。


片想いの彼がいなかったら、私はこの人を迷わずに選んでいたかもしれない。


いろんな媒体で、「優しい人」とか「一緒にいると心が裸になれる人」とか、ふわっとした抽象的なタイプを挙げる人を、「もっと具体的に言えばいいのに」とバカにしていたのに。


今なら、その気持ちがなんとなく分かるような気がした。


触れてみてこそ分かる、ものすごく具体的な抽象的さが。