初恋プーサン*甘いね、唇


彼――司さんの前に立つと、市村さんのようにはいかない。


安心するどころか、不安にさえなってしまう。


始まってもいない単なる片想いなのに、矛盾した「終わってしまうんじゃないか」という恐怖さえ感じるほどだ。


これって、片想いっていう「恋」と呼べるのだろうか。


恋愛経験ゼロの私には、はなはだ疑問だった。


「雛子さん、食べたいものとかあります?リクエストがあれば」


「食べたいもの……いえ、特に。そういうの詳しくないから、市村さんにお任せします」


「お任せですね、了解。じゃあ、とびっきりのイタリアンにしましょうか」


イタリアン、という響きに、私はドキッとしてしまった。


イタリアンといえば、当然、イタリアの料理。


ウワサでは聞いたことがあるけれど、実際に食べたことがなかった。


もちろんのことながら、フレンチも以下同文。


高いからというのもあるし、食べ方が分からないというのもあるし。


背筋を伸ばして口元をナプキンの端でちょんちょんと拭くような上品な食事は、まるっきり未知の領域だ。


(どうしよう……)


こんなことなら「任せる」なんて言わなきゃよかった。


心底後悔をしていると、偶然なのか神様が見るに見かねたのか、


「そこの先を曲がったところにある、系列会社の――」


彼が言いかけたところで、携帯電話のシンプルなメロディが鳴った。


「ちょっとすみません」と車を道路わきに停め、申し訳なさそうに電話に出る。