「ええ。それにしても、お詳しいんですね。映画のこと」
感嘆をこめて言うと、彼は「いやあ」と肩をすくめた。
「大学時代、興味があったシナリオを我流で勉強してた時期があって。いつか、自分のシナリオで映画を作りたいなって」
「へぇ~!」
「まっ、純粋に楽しむ見方じゃなくて、構成とかアングルとか、製作側の視点で見る癖はありますけど」
「今でも書いてらっしゃるんですか?」
「いや。仕事が忙しいので、今はまったく」
思いもよらないところから、彼の過去が垣間見れて、少し嬉しかった。
別に特別な感情は芽生えないけれど、正体不明の人とふたりきりの車の中っていうのも、考えてみれば怖いことだし。
でも、こんな成功者の実例みたいな人が、結果的に無難な役職に落ち着いたにしても、かつては大きな夢を見ていたなんて。
住む世界が少し違うと思っていた私にとっては、親しみが湧くには十分な事実だった。
映画、という面での共通項も、大きく作用していたと思う。
とにかく、映画館へ行くまでもなく、私の緊張はいつしかほどけていた。


