反射的に、お気に入りの映画まで口にした。
どうせ、「何それ」なんて聞き返されるに決まってる。
説明が大変だなあ、と思っていると、市村さんは意外な反応を示してきた。
「ああ、あれはいい映画でしたね」
「え……知ってらっしゃるんですか?」
「もちろん。あれがきっかけで、『X-MEN』の監督に抜擢されたくらいですからね。監督のブライアン・シンガーは」
「そうです、そうです」
「ケヴィン・スペイシーも、いい味出してますしね。ラストでFAXが流れてくるシーンなんて、ゾクゾクしましたよ」
「そうなんですよ。私も大好きな俳優なんです」
「ぼくもだ。はは」
自分の好きな映画を知ってくれていて、しかも詳しく語ってくれたことに、私はものすごく好感を覚えた。
猫好きな人が「猫好きに悪い人はいない」っていうのと同じで、この映画を語れる人に悪い人はいない(劇中では、ほぼ全員が悪人だけど)とまで思った。
自分が好きなものを、相手が詳しく知っていたときに感じる「共有」という一種のカタルシスが、この瞬間にもあふれ出てきた。
「雛子さんは、どんでん返しのパターンが好きなんですね」
「はい」
「ベタなところでいけば、『オーシャンズ・イレブン』あたりかな」
「そうそう」
「メジャーな邦画だったら、『いま、会いにゆきます』も、非現実的な時間軸の悪戯が、SF嫌いの雛子さんの許容範囲だとすれば、驚きのラストですよね」


