『あの……お礼をしたいと思って』
「お礼?」
『いつも、本を探してくださるお礼です』
「え?あ、いいんですよ。当然のことですから」
できるだけ丁重に、穏やかな口調で返す。
でも、市村さんは引かなかった。
『したいんです、お礼が。どうしても』
「は、はあ」
『明日、何かご予定は?』
ここで「あります」と答えていれば、何事もなく済んでいたのに。
私は、バカ正直に明日に予定あったっけ、と考えてから「別にないですけど」と答えた。
答えてしまった。
『そうですか!じゃあ、私にランチをおごらせてください。ぜひ』
「え……ランチ、ですか」
『明日の午前10時に、図書館前で待ち合わせっていうのはどうでしょう』
「でも、あの」
『待ってます。それじゃあ』
「こ、困ります……」
返事の代わりに「ツーッ、ツーッ」という機械の音がむなしく響く。
いきなりお礼がしたいと言われ、予定を聞かれ、待ち合わせを告げられてしまった。
優柔不断でいて、融通の利かない私ならではの展開だ。
よくよく考えると、ものすごく安易な返事によって、ものすごく大変なことになってしまった気がする。


