初恋プーサン*甘いね、唇


シンデレラとブレーメンの音楽隊を読んで聞かせたあと、余った時間は親と同じく世間話で盛りあがっていた。


もっとも、はたから見ればただざわついている、色とりどりの声の錯綜でしかなかったけれど。


話の中でときどき、


「お兄ちゃん彼女いるの?」


とか、


「結婚してるの?」


という質問も聞こえてくるものの、彼が答える間もなく次の質問が乱れ飛ぶので、情報は得られずじまいだった。


どうせなら、記者会見みたいにひとりずつ質問すればいいものを、と子供に無茶な要求を念で送りながら、私は自分で聞けない情けなさに凹んだ。


当時は、彼の背後をつけて情報を得る……なんて大胆な行為くらいは、法の許す範囲でいくらでもできたのに。


リスクを考慮する卑しい怜悧さだけ一人前になった私は、傷つかないほう、傷つかないほうを選んで歩いている。


自覚もある。


つまり、なりふりかまわず彼を追いかけようとしていたあのころに回帰したというよりは、退化していると表現したほうが正しかった。


アスリートが10年以上も現役を離れていると、筋肉が必要以上にそぎ落とされてしまうのと同じ。


片想いのがむしゃらさから離れた10年のブランクは、思った以上に相当なものだった。


(こんな片想いじゃ、実るものも実らない、か……)


生気を見失った心に話しかけながら、私は深く息を吐いた――。