けれど、私は根っからの消極的人間だった。
消極的という単語を辞書でひくと、用例に「片瀬雛子」と書かれていても不思議じゃないくらいの。
加えて、長い年月が経っていたから、どうしても逡巡してしまうのだ。
「あのころの片瀬雛子ですけど」なんて唐突に告げられても、覚えていないかもしれない。
それ以前に、私は名前を言ったことさえもないのだから。
当時は話す機会もほとんどなかったし。
奇跡的に、片手で足りる程度話したことがあっただけ。
そんな状態で当たって砕けて、これからの土曜日がぎこちなくなってしまうくらいなら。
昔と同じように、ただ見つめていたほうがいいし、よっぽど平和でいられる。
26歳のヒヨコは、手の届く場所で子供たちに笑いを振りまく運命の人を、言い訳の隠れ蓑にくるまって、見つめることしかできないでいた――。


