初恋プーサン*甘いね、唇


英語なら、使い道もないくせにTOEICのスコアもそこそこなのだけれど、フランス語はどうも発音に癖があるので、口が思うように動かない。


しまいには、攣りそうになるから困ったものだ。


独り言に耽りつつしばらくガラスのドアを見ていると、店の奥から人影が現れ、おじさんと言葉を交わして出てきた。


それは、ボランティアのときとは違う、白い服を着て帽子をかぶった彼で。


紛れもなく、職人の姿だった。



「驚いた……こんなところまで」



彼は、目を白黒させながらつぶやいた。


いるはずもない場所に私が立っているのだから無理もない。


彼以上に、私のほうが信じられないでいるくらいだ。


おそらく、初めて月面に降り立ったニール・アームストロング船長だって同じ気持ちだったに違いない。


誰かからすれば小さな一歩でも、私にとっては偉大な飛躍だ。


「ひとりで……来たの?」


美咲や博美さんと来たと思ったのか、彼は私の背後や周りを見渡した。


当然の反応ではあるけれど、予想に反して私は――。


「ひとり……です」


「ひとりでここまで……」


「ご、ごめんなさい。仕事中に呼び出してしまって」