「雛子さん」


半身を出したところで、市村さんの声。


「なんでしょう?」


「応援……してます」


何の?という言葉は愚問だった。


いちいち説明しなくても、言わんとすることは想像に難くない。


最後の最後まで、彼は彼らしかった。


「ありがとうございました」


私もひと言だけ返し、そっとドアを閉めた。




夏の夜だというのに、なんだか空気がひんやりしていた。


比較的強い風で、ケヤキがザワザワと揺れ、何枚かの葉が道路を転がる。





(ごめんなさい……市村さん)





私は、車に向かって深く頭を下げ、二度と振り返らずに立ち去った。



角を曲がった後、誰かの車のエンジンがかかる音がした――。