彼の空白の時間を知らない上に、素性も知らない。
強いて説明するとすれば、私が片想いをしていた2年上の先輩で。
現在は、渡仏しようとしている行動力のある青年で、朗読会のボランティアを今週までしていた人。
たったそれだけ。
あまりに心許ない情報。
こんな状態で、私が彼を追えるだろうか?
10年前と同じ状況で、またこのまま彼に何も告げずじまいに終わるのだろうか。
彼の気持ちを知らないままでいいのだろうか。
彼を忘れ、もし市村さんを選んだとして、幸せを心底感じることができるのだろうか。
それなりに、じゃなくて、心底。
エアーの音をBGMにしながら、しばらくハムレットの心境で自問をジャグリングさせた。
心にある貯金箱を割って、ありったけかき集めても全然足りない勇気を、どうにかして少しでも増やせないかと、まさぐりながら。
(二度と会えない覚悟はあるの?)
私は、ただずっと反芻し続けた――。


