初恋プーサン*甘いね、唇


「パリに行くんだって。何しに行くのかまでは、アンタが倒れてからのドタバタもあって聞けなかったけど」


「パリ……」


海外旅行なんてほとんど行ったことがない地元密着型の私には、フランスなんてまるで夢の国のような響きだった。


何時間も時差があって、言語も文化も風習もまるで違う、遠い異国の地。


そこへ彼は向かおうとしているらしい。


ありていに言えば、手を伸ばしても届かない場所へ。


私とは無関係の場所へ。


また。


「どうする?」


「うん?」


「アンタ次第。このまま身を引くも、連絡先を調べてエアメールを書くも、思い切って追いかけるもね」


「私次第……」


「そう。10年の情熱か、最近現れた優しい人か。選ぶのは自分」


美咲は膝に手をついて立ちあがり、「さて」とショルダーバッグを抱えた。


「もう大丈夫よね?図書館に戻るけど」


「あ、うん」


「部屋のスペアキーはここに置いていくけど、アンタは一日ここでゆっくりしてなさい」


「でも……」


「いいって。まだ本調子じゃないんだから。それに、もう彼はとっくに帰ってるだろうしね。無理して図書館まで行く理由もないでしょう?」


そう言って、美咲は玄関へ向かった。


私は、背中に向かって「ありがとう」とつぶやきながら、ドアが閉まるまで見送った。