身動きがとれない場所で時限爆弾を放りこまれたような心境に、またキリキリと胃が痛み始めた。
彼女に言えば、きっとまた『変なの』なんて言われるのが目に見えていたから、私は唇を噛んで我慢する。
(やっぱり、片想いだけで満足していたほうがよかったかな)
下手に進展しようという気持ちが芽生えたばっかりに、こんなにも苦しくなってしまった。
あの日のように、遠くから見ているだけの自分でいられれば、苦しい想いをせずにいられただろうに。
心の中で、弱気な言葉があぶくのように浮かんできた。
でも。
「来たわよ」
脇腹を小突かれて我に返る。
顔をあげると、いつものように彼が自動ドアから入ってきていた。
今日は、黒のジーンズに深緑の長袖Tシャツの上から、アウターに黒い半袖のシャツ、という格好をしている。
彼はいつも通り「こんにちは」と会釈をし、私たちの前を通り過ぎた。
いつもの甘い残り香が鼻孔をくすぐり抜ける。
どうやら、今日も肩や背中に虫はくっついていないようだ。
「彼ってどんな香水使ってるのかな、雛子」
「さあ……」
気にはなるけれど、深く考える余裕などない。


