異本 殺生石

 陽菜にはどうしても分からない事があった。フーちゃんが生まれた未来は、時間旅行の前の歴史の続きの世界だったのだろうか?それとも、改変された今の歴史の続きの未来なのだろうか?
 前の歴史の続きの世界だとすれば、その未来には九尾の狐や殺生石の伝説は存在していなかったはずだ。でもフーちゃんは「セッショウセキ」という言葉を知っていた。ならば、フーちゃんが生まれるのは今の、この改変された歴史での未来なのか?
 だがそうだとしたら、フーちゃんは既に過去の世界で死んでいる。それとも2085年にはフーちゃんはまたこの世界に生まれて来るのだろうか?だとしても、フーちゃんが過去へ行かなければ殺生石の伝説は生まれないはずで、しかしこの世界にはその伝説が既に存在していて、だったらフーちゃんがまた生まれて来ないとおかしいわけで、しかしフーちゃんは……
「ああああああ!やめた!」
 陽菜は髪をかきむしって頭をぶんぶんと振った。
「兄さんと違って、あたしの頭は物を考えるようにはできてないんだ。やっぱ、あたしにはこっちが向いてる」
 そう言って陽菜はやおら立ち上がり、さっきから背後から聞こえている声の方へ大股で歩き出した。下駄箱へ通じる廊下で、二人の男子生徒が姉と弟の転校生に掃除用のモップをなすりつけながらわめいている。いじめられている二人は蚊の鳴くような声で「やめて下さい」と繰り返しているだけだ。
「てめえら、何度言えば分かんだよ?人の土地に来て放射能まき散らすなと言ってんだろうが!」
「そうだよ、さっさと福島に帰れよ!」
 陽菜はにっこり笑ってその二人の男子生徒に後ろから声をかけた。
「よう、なんか面白そうな事やってんな。あたしも混ぜろよ」
 二人は一瞬びくっとしたが、陽菜が笑っているのを見て安心し、陽菜にこう言った。
「あ、尾崎のアネさん。いや、こいつら、例の福島の」