陽菜には詳しい事は理解出来なかったが、おおむねこんな事らしい。明雄はあの後、原子炉がメルトダウンしている事実をマスコミに密かに伝えたそうだ。だが、それは国家公務員法という法律に違反する犯罪行為になってしまう事だったらしい。明雄が役所で原子力行政に関わる仕事をしていた事も陽菜はその時になって初めて知った。
 次の角を曲がると拘置所が見えなくなる場所まで来て、陽菜はもう一度明雄が収監されているその建物を見つめた。そして考えた、さっきの明雄の言葉の意味を。
 あの時間旅行から戻って来たこの世界の歴史には、二つ小さな変化が起きていた。原発事故の様相が微妙に変わっていた事。そして以前は存在しなかった、九尾の狐と殺生石の伝説が存在するようになっていた事。
 もしかしたら、時間旅行の前の歴史では、原発のメルトダウンの事実は隠ぺいされる事になっていたのではないだろうか。もしあの弁護士の言う事が正しければ、明雄は三つ目の「些細な歴史の改変」を付け加えた事になる。
 あのアベという未来人はこう言っていなかったか?「一つ一つはちっぽけで些細な改変だとしても、それが短期間に連続していくつも起こったら」歴史の大勢が変わる可能性も否定しきれない、と。明雄はその可能性に賭けたのではないだろうか?自分を犠牲にして三つ目の「些細な改変」を起こす事によって。
 翌日の放課後、陽菜は下駄箱近くの渡り廊下の端の床に腰を下ろして、ある事を考えていた。陽菜の学校生活はおおむね元のままだった。玄野は行方不明という事になり、一時それなりに学校では騒いだが、早くもみな関心を失い始めていた。