その一時間後、陽菜は図書館で確かめた事を明雄に話して聞かせていた。明雄は興味深そうに耳を傾け、しきりに小さくうなずいていた。そして自分に言い聞かせるようにつぶやいた。
「そうか。少なくとも二つ、変わったんだな」
 それがどういう意味なのか、陽菜が尋ねようとしたところで、背後から制服姿の男が明雄の肩に手をかけて言った。
「尾崎、時間だ。面会終了」
 椅子から立ち上がりドアに向かって歩き出す明雄を追うかのように陽菜も立ち上がり手を伸ばしたが、その両手は分厚いアクリルの透明な壁にむなしく突き当たった。壁に開いたいくつもの小さな穴の向うから明雄の最後の声がした。
「親父と母さんに伝えてくれ。俺は元気だったと、な」
 その建物を出て陽菜は振り返り、「東京拘置所」と書かれた門の文字を見つめた。現代に戻って実家を去った明雄が、数日後突然警察に逮捕されたという知らせが入った。そしてその翌日、政府と福島第一原発の所有者である帝都電力は原発の三つの原子炉が「メルトダウン」と言う深刻な損傷を受けていた事実を発表した。
 それからさらに二日後、中年の男が陽菜の家を訪ねて来た。男は反原発団体から明雄の弁護を依頼された弁護士だと名乗った。その弁護士は一冊の週刊誌をテーブルに広げて、取り乱している陽菜の両親にまくし立てた。
「どうか大船に乗ったつもりで任せて下さい。息子さんを有罪などには決してさせませんよ。ほら、既にマスコミでは息子さんは英雄扱いなんですから」
 そう言って指差した週刊誌は、しかし女性のヌードグラビアを一番の売りにしているような代物で、新聞やテレビのニュースなどが明雄の件を報じたのを見た事はなかったのだが。その弁護士は陽菜たちの当惑にはおかまいなしに続けた。
「下手に起訴して裁判なんかやってごらんなさい。困るのはむしろ、政府と帝都電力の方ですよ。お任せ下さい。必ず不起訴にして、息子さんを無罪放免にして差し上げます」