一週間後、陽菜は都心の図書館にいた。司書に教えてもらってたどり着いた書架には、日本の伝説に関する本が並んでいた。それを手繰って陽菜はその物語を見つけた。「白面金毛九尾の狐」と呼ばれる有名な伝説の妖怪の物語。
 時代と場所から考えて、フーちゃんの起こした事件が妖怪怪奇譚として歴史に残ったのだと考えて間違いないようだった。「白面金毛」とは、フーちゃんの容姿の形容だろう。北欧人のような真っ白な肌と流れるような金髪の。彼女のタイムマシンは正体を現した九尾の狐として語り伝えられていた。
 あの時間旅行に出かける前のこの世界には痕跡すら存在していなかった、九尾の狐そしてその死骸が変じた「殺生石」の伝説は、日本人なら知らない者はないというほどに有名な物として、この改変された歴史では存在していた。能や芝居、果てはマンガやアニメのテーマにすらなっていた。栃木県那須町という所の温泉街の近くには、なんとずばり「殺生石」という名の岩があり観光スポットにまでなっていた。もっとも、その写真を見た陽菜には、それがフーちゃんが残した物とは全くの別物である事は一目瞭然だったが。
 そして伝説の後日談はもう一度陽菜を愕然とさせた。九尾の狐が退治されて殺生石に変わった後、多くの僧侶がその瘴気を鎮めようとしたがかなわず命を落としたとある。そしてついにある僧侶が殺生石を砕いて、その破片を各地に分散させる事に成功した。
 その僧侶の名は「源翁」。あの時フーちゃんの遺骨を抱いて平安時代の山道へ消えて行った陽菜の悪友の呼び名は「ゲンノ」。それから約200年後、あの本物の殺生石、福島第一原発から持ち出された放射性物質の塊を破壊した僧侶の名は「ゲンノオ」。これは本当に単なる偶然なのだろうか?