避難の様相も違っていた。時間旅行の前の歴史では、急性放射線障害で数十人もの死者が出た後、パニック的に周辺の住民が大量に脱出したはずだった。陽菜の高校に転校してきた子たちも、そうやって逃げて来た人たちだった。だが今の歴史では、避難は事故直後から政府によって組織的に行われ、現時点では周辺の一般市民には直接放射能で命を落とした者は一人も出ていなかった。
 フーちゃんが過去に干渉した事で、2011年3月11日以降の歴史がほんの少し変わったのは間違いない。
 だが、ただそれだけの違いと言えない事もなかった。原子炉は次々に暴走し水素爆発は起きているし、半径20キロ圏内は一般人は立ち入る事も出来ない場所になっている。警戒区域内はもちろんその周辺からも数千人の住民が避難を余儀なくされている事に変わりはない。その違いにどれだけの意味があるのか、陽菜には分からなかった。
 陽菜はふと思いついて、インターネットで検索をかけてみた。そして再び驚いた。「セッショウセキ」というキーワードが、150件もヒットしたのだ。時間旅行の前には、いくら検索しても一件のヒットもなかったはずなのに。明雄にそれを告げると、明雄は数秒考え込んだ後、キーワードを「殺生石」に変えて検索をかけた。今度のヒット数は6万を越えた。
 陽菜と明雄はしばらく茫然としてお互いの目を見つめ合っていた。原発事故だけではなく、歴史が微妙に変わっているのは間違いなかった。あのアベという未来人が言っていたように、「些細でちっぽけな」歴史の改変は起きていたのだ。
 明雄はまるで酔っ払っているかのようなフラフラした足取りで立ち上がり、陽菜に言った。
「悪いが、僕は官舎へ戻る。一人で大丈夫か?」
「え?ああ、あたしは大丈夫」
 そして明雄は都心へ戻って行った。陽菜は床に散らばった新聞の束を片づけながら、まだ夢の中にいるような気分だった。