アベは直接その質問には答えず、シートにもたれかかって独り言のように言い始めた。
「タイムマシンを使って歴史を少しだけ改変し、たとえば1945年8月5日に日本が無条件降伏するよう仕向けたとしよう。そうすれば広島と長崎の原爆の悲劇は起こらなかった。だが、その改変された歴史では、世界初の原子爆弾は朝鮮半島で5,6年後に使用される事になっただろう。朝鮮戦争の最高司令官だったマッカーサーがしつこくアメリカ大統領に原爆の使用を進言していた事は有名な歴史的事実だからね。だが、広島、長崎の悲惨さが世界中に知られていたからこそ、当時のアメリカ大統領は原爆の使用を許さなかった。マッカーサーを解任してまでね。逆に歴史を改変して広島、長崎への原爆投下を防げたなら世界初の原爆は朝鮮半島で爆発した。それは日本人にとってはより良い未来かもしれない。だが、人類全体にとってはそうだろうか?」
 逆にアベにそう問いかけられた昭雄は返事に詰まってしまった。アベは続ける。
「私の時代でも、少なくとも2101年の時点では、三回目の核兵器の実戦での使用は起きていない。そしてそれが、広島、長崎の尊い犠牲のおかげなのだとしたら、歴史を改変して広島、長崎の悲劇を無かった事にする事は正しいだろうか?タイムマシンが実用化された時、政治、経済、軍事その他もろもろの世界中の専門家が大論争をやったのだよ。三度目の核兵器の悲劇が起きなかったのが、広島、長崎の尊い犠牲の故であるのなら、その悲劇をいまさら無かった事にするべきではない。たとえそれが可能だとしてもね。福島第一原発の事故も同じ事だ。タイムマシンは歴史を改変して過去をやり直すためにあるのではない。人類が過去に犯した過ち、愚行を二度と繰り返さないように、そのためにもっとよく過去の歴史を知る事。タイムマシンはそのためにあるのであって、それ以外の目的に使ってはならない」
 アベは不意に操縦席から体をねじって陽菜と昭雄に顔を向けて言った。
「それが22世紀の人類がたどり着いた、結論なのだよ」