あらためてフーちゃんの方に視線を移す。そこには陽菜が、どうか思いすごしであってくれ、と願った光景があった。フーちゃんのお腹の真ん中辺りに深々と一本の矢が突き刺さっていた。それを見たアベが叫んだ。
「そうか!実体弾!エネルギー兵器は防げても、実体のある物体は遮蔽できない!」
 玄野が二本目の矢をつがえた。それに気付いた陽菜は玄野を止めようと走りだし、顔だけ横に向けてフーちゃんに叫んだ。
「フーちゃん!逃げろ!」
 だが、陽菜の脚は思わず止まってしまった。ふらふらと体を揺らしながら、フーちゃんはその場に真っすぐに立ち、そして両腕を開いて下ろして目を閉じていた。その顔にあったのは、さっきまでの悪魔のような狂った笑いではなかった。まるで聖母マリア像のような優しい穏やかな頬笑み。
 その変わりように気を取られた一瞬、陽菜の動きは止まり、そして再びあのビン!という音が響いた。二本目の矢はまっすぐにフーちゃんの左胸に吸い込まれるように命中した。フーちゃんの体が地面に倒れ込んでいく様子がまるでスローモーションのようにゆっくりと陽菜の目に刻まれた。
 アベがすぐに巨大な金属容器に向かって走り出し、陽菜は今さらながら玄野の体に体当たりした。玄野の体はぐらりとよろめいたが、そのまま陽菜を抱き起こすように態勢を立て直す。陽菜は両手で玄野の胸ぐらをつかんで怒鳴り散らした。
「ゲンノ!てめえ、自分が何やったか分かってんのか?!なんでだよ?おまえ、フーちゃんが好きだったんだろ?惚れてたんだろ?」
「だからこそ、だよ、陽菜」
 予想もできなかった返答に陽菜は思わず手の力を抜いた。玄野は倒れたフーちゃんを見つめながら、うわ言のように言った。
「あのままじゃ、フーちゃんは大量殺人鬼になってしまった。自分の好きな女の子がそんな物になるところを、目の前で見たい男なんていないよ。それならいっそのこと、俺のこの手で……」
 それから玄野は弓を投げ捨てふらふらとフーちゃんの方へ歩き出す。玄野の胸元をつかんでいた陽菜の手は振り払うまでもなくはずれて垂れ下がった。幽霊のような足取りで歩いて行く玄野につられるように陽菜もフーちゃんに近づいて行った。