「それに、あなたがこの時代の人間ではない根拠がもう一つある。上皇の部屋に向かって駆け出した時、あなたはこう言った。『いかん!鳥羽上皇が』と。あなたがこの時代の人間なら、なぜあの人の諡号(しごう)を知っている?」
 そこまで聞くと陰陽師はもう口を閉ざして反論しなくなった。明雄が言葉を続ける。
「ナニナニ天皇、ナニナニ上皇という呼び方は『おくりな』とも言って、その人物の死後になって初めて決定されるはず。一人の天皇の代に何度も年号が変わる事があるこの時代では、おくりなを推測する事すら不可能なはずだ。もしあなたがこの時代の人間であるのなら」
「ククク……」
 陰陽師は扇子の下で含み笑いを漏らし始めた。やがて扇子を顔からはずして急にひとしきり高笑いになる。
「ははは、あははは、いや私とした事が。そんな初歩的なミスを犯していたとは……時間航行管理局にばれたら減俸ものだな」
 陰陽師の語彙がいきなり21世紀の現代語に近くなった。彼は明雄の正面にどかっと胡坐を組んで座り込み、やや声を落として言った。
「その通り、私は22世紀から来た未来人だ。タイムマシンを悪用しようとする同時代人を取り締まるのが任務。君たちには『タイムパトロール』とでも言えばイメージが湧きやすいかな?」
 陽菜は感心して明雄の横顔を見つめた。さすが東大出のキャリア官僚。よく気づいたものだ。玄野も呆気に取られて声も出せない様子だった。その陰陽師、いやタイムパトロールの男は続けて言った。
「あの妖怪の影はホログラフィという立体映像だ。ああいう場合にこの時代の人間を納得させるには便利な手でね。さっき光線銃で止めようとしたのだが、バリア発生装置を奪われてしまった。あの笏は実は危険から身を守る電磁障壁を張るための機械なんだ」
「フーちゃんは……フーちゃんはどうした?」
 やっと声を張り上げた陽菜に向かって男は口に人差し指をあて「シーッ」と制止した。
「どうやら時間航行空間には入れたようだが、私がこれで」
 そう言って扇子を一杯に広げるとさっきの光のパネルが現れた。それを陽菜たちの目の前に持ってくる。その光のパネルは明らかにコンピューターのキーボードだった。