陰陽師は袖から何か円盤状の物を取り出した。それは金属で出来た鏡、いわゆる銅鏡だった。その鏡面をフーちゃんの方に向けながら、陰陽師はもう片方の指を額にあてて何かブツブツと呪文のような物を唱えた。すると鏡面から、少し離れた位置にいる陽菜たちでさえ目を開けていられない程のまばゆい光が放射された。やや光が弱まったところで陰陽師が周りを見回しながら叫んだ。
「お上も、他の方々もとくとご覧あれ!あの壁に映った影を!」
 フーちゃんに向けて放射された光は彼女の背後の白い壁にくっきりと黒い影を作っていた。それを見て、上皇もお付きの者たちも、そして陽菜たちも驚愕のあまり、その場で体が固まってしまった。
 そこには、大きな狐の影が映っていた。それもただの狐ではない。長い尾が九本、扇子を開いたように放射状に延びて広がっている。
「これこそは、唐天竺の歴代の皇帝を惑わせたという伝説の妖狐に違いありませね。遣唐使船に乗って本朝に入り込んでいたという噂は真であったか!」
 高々と宣言する陰陽師の言葉に陽菜はますます驚愕した。フーちゃんが妖怪?そんな馬鹿な……だが、そのフーちゃんも思いがけない行動に出た。羽織っていた着物を素早く脱ぐと陰陽師の上半身に投げかけた。
 不意に視界を遮られて一瞬陰陽師の動きが止まる。そのわずかな隙をついてフーちゃんは陰陽師に体当たりし、腰の帯に差してあった細長い木の板、笏(しゃく)と呼ばれる物を抜き取り、そのまま銀色のスーツをさらして庭に飛び降り走る。
 陰陽師は着物を振り払い自分も庭に飛び出した。池がなければサッカー場ぐらい造れそうな広大な庭園の端をめがけて走るフーちゃんの後ろ姿が見えた。陰陽師の袖に隠れた手元から赤い光が走った。だが、フーちゃんがさっき奪った笏を振り向いて体の正面にかざすと、その光は彼女のすぐ傍でバリバリと雷のような音を立てて散乱した。
 フーちゃんは左手で笏をまっすぐかざしながら、その左手首のブレスレットのような機械を右手の指で素早く操作した。すると、フーちゃんの周りに上から突風が吹きつけたかのように、すさまじい風が吹いた。彼女の頭上に突然、あの銀白色のタイムマシンが現れゆっくり地面に降りてくる。