翌朝になっても上皇の具合は良くならなかったようだった。フーちゃんは朝早くから上皇の寝所へ呼ばれて看病をしていた。陽菜、玄野、昭雄の三人が庭に出て所在なげにぶらぶらしていると、また門のあたりが騒がしくなった。好奇心につられて言ってみると、門で一人の公卿風の服装の男と門番の武者たちが押し問答をしていた。
「ここは畏れ多くも先の帝の院である!何者であろうと今はお通しできぬと言うが聞こえぬか?」
「それ故にまかり越したと言うておりますじゃろ?ええい、そなたたちでは埒が開かぬ。誰か、誰か、安倍泰成の名を知る者はおらぬのか?」
 すると、屋敷の中から老貴族の男が飛び出して来た。上皇とフーちゃんが昨日の朝池のほとりで話をしていた時に、上皇から巻物を受け取ったあの人物だった。彼は門番たちを押しのけてその、30前後に見える貴族の男に駆け寄った。
「アベノヤスナリ……陰陽師にあらせられますか?」
「おお、やっと話が通じるお人が出ていらしゃったか。先の帝のお上が尋常ならざる病を得たと聞き及び、参上しました次第」
「これはご無礼を。これ、この方は都に名高い陰陽師じゃ。お通しせよ」
 その老貴族は陰陽師が来訪した事を知らせに一旦屋敷の中に駆け込んだ。その陰陽師は堂々と庭の方へ歩いて来る。陽菜たちは何となくバツが悪い感じがして、庭の奥に引っ込んだ。
 どこからか、ピピピピピ……という小さな妙な音がし始めた。その陰陽師は耳をそばだてて屋敷の一角に視線を向け、ギョッとした表情で叫んだ。
「いかん!鳥羽上皇が……」
 そのまま庭を駆け抜けて廊下に飛び上がる。陽菜たちは反射的にその後を追って走り出した。陰陽師は部屋の御簾を引きずり降ろさんばかりの勢いで横にどけた。その部屋には上皇が横になっていた。目は覚ましていたようで、闖入者を見咎めて威厳のこもった声で怒鳴る。
「何奴じゃ!」