その夜、夕食中に陽菜がまたひと騒動起こした。漆塗りの御膳でしずしず運ばれてきたのはいいのだが、乗っていたのは白米のご飯にただのお湯をかけた椀と皿に乗った野菜の煮物がほんの少し。
「ちょっと!これだけじゃ足りるわけないでしょ!」
 陽菜に詰め寄られて怯えた女官から陽菜を引きはがしながら明雄が場を取りなした。
「こら、よせ、陽菜。この時代の食事はこれが普通なんだよ。後でリュックの中の缶詰食べていいから……ああ、すいませんね。なんでもありません」
 湯漬けの飯をかき込みながら陽菜はまだ小声でぶつぶつ言った。
「けど、ここ、上皇様とやらのお屋敷でしょ?京の都の貴族ならもっといい物食べてるはずじゃない?」
「いや、この時代は都の上流貴族でも普段の食事はこんなものだったらしいぞ」
 それから陽菜が缶詰を貪り食っている間に、明雄は持ってきたタブレット型パソコンをバッテリーで機動させ、女官たちが近くにいないのを確かめて何かの資料を調べ始めた。しばらくしてひとり言のように言う。
「どうやら、あの人物は鳥羽天皇だな。いや、もう譲位しているから鳥羽上皇か」
 玄野が横からスクリーンを覗き込みながら言う。
「どうして分かるんですか?」
「昼間、アキヒトに位を譲ったと言っていただろう。今が1130年ごろだとすれば、アキヒトという『イミナ』、つまり本名を名乗った天皇は崇徳天皇しかいない。その人に譲位したのなら、その父親の鳥羽上皇という事になる」
 今度はフーちゃんが身を乗り出してきた。陽菜は相変わらずリュックの中の非常食を漁っている。
「でも、ずいぶん若く見えましたけど、あの方……やはり皇族っていい暮らししているから、実年齢よりも若く見えるんでしょうか?まだ30代後半ぐらいにしか見えません」
「いや、ほんとに若いんだよ」
 明雄がスクリーンを見ながら答える。
「資料が正しければ、今27歳だな、あの上皇様」
 フーちゃんと玄野は同時に叫んだ。
「27歳?!」