異本 殺生石

 気を失っていたのはわずかな時間だったと思う。どうやらさっきの衝撃で天井に頭をぶつけたようで、陽菜は頭のてっぺんにずきずきと鈍い痛みを感じながら体を起こした。手で触ってみたが、どうやら怪我はしていない。たんこぶが出来るほどでもなかったようだ。
 隣の席の玄野、前の座席の明雄とフーちゃんもそれぞれに頭や顔をなでながら意識を取り戻したところだった。正面の大型パネルには外の景色が映っていた。どうやら出発した頃と同じ初夏の季節らしく、一面に青々とした葉を茂らせた木々が見えていた。
 フーちゃんが機体をゆっくり旋回させると、遠くに古めかしい建物が密集している場所が見え、ここはそこからやや離れた場所の里山といった感じだ。一体いつの時代のどこの場所へ来てしまったのだろう?フーちゃんが操縦席のタッチパネルをいくつかいじる。そこに表示された数字と地図を見て、フーちゃんは愕然とした表情を顔に浮かべた。
「なんてこと!とんでもないはずれた時空に出ちゃったのね」
 その言葉に他の三人もその表示を覗き込む。そこには「1130」という数字があった。陽菜はおそるおそるフーちゃんに訊いた。
「あの、フーちゃん。まさか、その数字って?」
 フーちゃんもどこかにぶつけたのか、頭の右のあたりをさすりながら答えた。
「そう、西暦よ、これ。1960年ごろに行くつもりだったのに、あの追手のタイムマシンから逃げるためにとっさに時間航行に入ったものだから、とんでもない過去に流されちゃったんだわ」
「で、ここはどこなの?見たところ日本には違いないみたいに見えるけど」
「空間座標も狂っちゃったみたいね。ここ、京都のすぐ傍よ」
「きょうと?京都府京都市ってこと?」
「正確には平安京というべきだな」
 脇から明雄が口をはさんだ。