その朝、尾崎陽菜(はるな)が3年2組の教室に入ると、例によって数人の男子が福島県からの転校生をいじめていた。
「こら、勝手に机近づけるんじゃねえよ」
「放射能がうつるって、いつも言ってんだろ!」
 その転校生の男子は無表情な顔で黙って自分の机を教室の一番後ろの壁際まで戻した。一番後ろの列の机からも離れた不自然な位置だったが、教師たちも今では何も言わない。下手に口を出して問題がおおげさになる事を嫌がっているようだ。
 陽菜の姿に気づいたいじめっ子の男子たちは、一瞬顔色をうかがうような目で陽菜を見た。陽菜の腕っ節の強さを知っているからだ。ケンカなら男子といえど陽菜に勝てる者はそういない。
 けして気持ちのいい光景ではなかったが、陽菜は知らんふりを決め込む事にした。まだ五月に入ったばかりとはいえ、高校三年生ともなれば、さすがの陽菜も進路の事で頭がいっぱいの時もあった。
 首都圏の郊外にある陽菜の高校は、レベルは中ぐらいの何の変哲もない公立高校だ。ただ、東日本大震災の直後に東北の方で原子力発電所の事故が起きて以来、福島県から避難してきた高校生が十人ほど転校してきて以来、校内の雰囲気が荒れ始めたようだ。
 まあ、自分のストレス解消のためでしかないのだろうが、放射能がうつるとか言ってはその転校生たちをいじめる光景が毎日のように起きていた。陽菜は女ながらもケンカの強さと気の強さで学校では一目置かれる存在だから、教師が遠まわしになんとかしてくれないか、と言ってきた事もある。だが、放射能がうつる、というのが本当の事なのかどうか、勉強の方はさっぱりの陽菜には分からなった。だから、関わらないようにしている。
 やっと退屈な授業が終わり校門に向かっていると、後ろからポンと肩を叩かれた。陽菜は振り返って言った。
「よ!ゲンノ。あんたも今帰りか?」