スピカ

 可愛い彼女。あたしよりもずっと、ずっと。甘え上手で、明るくて活発そう。

「良平?」

「ごめん。アミ、ちょっと待ってて」

「え……いい、けど」

不満そうに頬を膨らませながらも、アミと呼ばれた女の子は、手持ち無沙汰に携帯を覗き込み始めた。

ドアから離れ、急いだ足取りでこっちへ近づいて来る。
後退りたくなる衝動を抑え、コンクリートを踏み締めた。少しでも足を離すと、すぐに浮かんでいってしまいそう。

「……雅」

その声で、あたしの名前を口にしないで。その子を呼んだのと同じ声で、あたしの名前を呼ばないでよ。

「……久しぶりだね」

思っていたよりも、平然とした声が出た。脳内は真っ白でも、身体はどうやらまだ冷静らしい。

良平の足が止まり、下に泳いだあたしの視界にちょうど入る。近い。

「悪ぃ。そういえば、雅もこの学校だったんだよな。すっかり忘れてたわ」

「……」

「……雅とは微妙な別れ方したからさ。ずっと悪ぃって思ってたんだ」

話す時に髪を触るのが良平の癖だ。特に、気まずい時はいつもそうしていた。

だけど、今は見たくない。そんな癖も。

「――でも、新しい男が出来たみたいで良かった。安心したよ」

新しい男……?

ああ、楸さんの事を勘違いしたのか。それならそれで、都合が良い。
「そうなの、いいでしょ」って、嘘でも吐いて、見栄を張ってやればいいのに。どうして、あたしはそれが出来ないのだろう。
もう、言葉も見当たらない。

「悪ぃ、雅。ありがとな。今日、会えて良かった」

躊躇いを見せるも、じゃ、と爪先が次第に向きを変える。
視界から影さえも消え、遠ざかっていく足音がやけに耳に響く。

「あ、もういいの?」

「ん。行こっか、アミ」

「うん!」


聞きたくない。
聞きたくないの、そんな声。

あたしの名前を呼ぶくらいなら、いっそ忘れてくれたら良かったのに。
謝るくらいなら、知らない人のフリをしてくれたら良かったのに。

どうして、声を聞かせるの?
どうして、あたしとは真逆の可愛い彼女を見せつけるの?


消えろ 消えろ 消えろ 消えろ 消えろ



大、嫌い……