スピカ

 数回呼び出した後、電波を通した雑音が聞こえてきた。
人込みの中にいるのか、後ろでたくさんの話し声が混ざり合っている。それをつんざくように、『もしもしー?』と大きな声が届いた。

「蛍姉、今どこにいんの?」

『え? 今は、えーっと……あ! てか、あんた、楸さん知んない?』

あたしの話は無視ですか。聞いたはずが、聞き返されるなんて。
横目で楸さんを一瞥し、小さく溜め息を吐く。

「いるよ、ここに」

『え、本当?』

うん、と返事する間も与えずに、蛍姉はそれを一緒にいる人へ伝える。確認するまでもない。てっちゃんだ。

『良かったぁー。さっきまで一緒にいたんだけど、逸れちゃって』

「どうでもいいけど、早く迎えに来てよ」

イライラと金網を指で叩く。小さく揺れ、それを伝って隣りにいる楸さんまで届く。
楸さんは虚ろな眼を空へ投げたまま、煙草をくわえていた。

一体、どこを見つめているのだろう。

『雅、今どこにいんの?』

「屋上」

『屋上? 分かった。……あ、でももうちょっとかかりそう』

「何で?」

『今、列に並んでるの。これ買ったら行くからさ、そこで待ってて』

待たなくちゃいけないのか。ああ、面倒臭い。
だけど、楸さんと一緒に蛍姉達を探し回るのは御免だ。渋々承諾すると、蛍姉は「じゃあ」と、素っ気なく電話を切ってしまった。
ツー、ツー、と虚しい機械音だけが耳を流れる。

携帯を閉じると、自然と溜め息が零れてしまった。

「蛍ちゃん、何だって?」

楸さんは気楽に煙草を吸っている。
全く、一体誰のせいでこうなったと思っているんだ。
恨めしげに睨んでいても効果がなさそうだと悟り、あたしは視線を空へ逃がした。

「当分ここで待っとけってさ」

返事代わりに、吸い込んだ煙が唇から勢い良く流れ出てくる。逃げるように、彷徨うように、白い空に溶けていった。
背中をフェンスに預け、その黒い視線を煙の先へ向ける。
いつか、空の方が先に溶けてしまいそう。

言葉が途切れても、探そうとしない。
楸さんは、いつだってそうだ。
煙草を理由に、いつも迷いなく沈黙を差し出す。

視線を宙へ投げると、煙が秋空を紫に霞めた。