スピカ

「雅ちゃん、もしかして怒った?」

怒ったかと聞いているくせに、口元は緩んでいる。あたしが怒るのが、そんなに嬉しいのだろうか。

「怒った。せっかく電話してたのに」

「違うよ、妬きもち! 亞未ちゃんを可愛いって言った事に対して!」

「はぁ? 妬きもち? そんなもんどうだっていいわ」

焼いてほしいのかよ。普通は妬きもちを焼かれるのって、嫌じゃないの。やっぱり楸さんの考えている事は全く分からない。

「てか、何しに来たんですか? 家賃?」

「えっ」

「“え”じゃねぇよ。先月も払ってないんでしょ?」

呆れながら、マニキュアの蓋を閉める。つんとくるシンナーの匂いが和らぎ、楸さんの香りが混ざって伝わって来た。

「いっ、愛しの楸さんが会いに来たって言うのに、また家賃?」

「当たり前でしょ。そんな割引ありませんから」

「えぇーっ!」

捨て犬のような眼があたしを捉えている。目が合おうが、あたしは怯まない。
がっくり肩を落としたかと思うと、今度は視線を宙に泳がせる。黒い眼が光った、気がした。

「そんなぁ……。それじゃあ、俺、もうこの家に住もうかな」

「は? 何言ってんの」

「うん、それがいいよな。そうしよう。これで、ずっと一緒にいられるね」

「ちょっと! なに勝手に決めてるんですか!」

あたしが声を荒げたにも関わらず、こうなったら、もう楸さんのペースで。小首を傾げ、楸さんはクスリと笑った。

「だから、家賃はサービスしてね」

「馬鹿言うな! って、まさか、楸さん、最初からあたしを利用するつもりだったんじゃ……」


やっぱり楸さんは、疫病神だ。

にっこりと、厭味なほどに爽やかな微笑みを浮かべる。きっと、この笑顔に落ちない者はいない。あたし以外は。こんなにも憎らしいと思うのは、多分この世であたしだけだ。


「家賃、払えーーっ!」



前言撤回。
あたしも、例外じゃないかもしれない。

こんなにも腹が立つのに、こんなにも傍に置きたいと思ってしまうなんて。



やっぱり、楸さんは狡い。



―スピカ―