スピカ

 涙目になりながら、楸さんはニヤリと口角を上げた。いつもながら、不埒な顔。

「あ、亞未ちゃんでしょ。電話」

「はぁ? 楸さんには関係ないでしょ。ていうか、うるさいのよ、さっきから」

「あの可愛い亞未ちゃん」

「もう黙れってば!」

殴りたい衝動を抑え、しかと睨み付ける。それでも楸さんはヘラヘラ笑ったままで。苛立ちを隠せずにいると、電話口から亞未の『雅?』と呼ぶ声がした。

「何?」

『また後でかけるよ』

「えっ?」

慌てて電話を持ち直す。邪魔が入ったせいで、気を遣わせたかな、と申し訳ない気持ちになった。亞未は、小さく笑った。

『元気みたいでよかった』

「は? 何言って、」

『洋君が、ごめんって。……それから、ありがとうって伝えてくれって』


洋君――……


謝るのは、あたしの方だ。ありがとうは、あたしが言わなきゃならない言葉なのに。

「……分かった」

『じゃあね。またかける』

もう1度、うん、と呟くと、亞未は笑いながら電話を切った。マニキュアのはみ出た指が、電源ボタンを押す。


どうしてかな。洋君の顔は、もう、浮かんでこない。でも、声だけは浮かんでくる。

“本気で、好きになってほしかった”


洋君、ありがとう。さようなら。


視線を上げると、憎くて、愛しい人の顔が映る。洋君みたいに、優しくなんて笑えやしない。ニヤリ、と不埒に笑い、満足そうな顔をした。