スピカ

「……っくしゅん」

天罰だろうか。ニヤニヤする間もなく、くしゃみが出て、あたしの威勢は崩れてしまった。

「あ、寒いよね、ここ。俺の家、来る? ここから近いし」

手で髪をくしゃくしゃにすると、楸さんは「すぐそこ」と、あたしが来たであろう道を指差した。何を今更、と毒づく前に、記憶が蘇ってくる。

「いっ、いい!」

「え? でも、すぐそこだよ?」

キョトンとする楸さんを押し退け、目一杯首を横に振る。紅潮していく顔を隠す事も出来ず、じりじりと後退りした。

「いいってば! あの、あたし、もう帰るから!」

「は? どうして? もっとゆっくりしていけば……」

「じゃっ、……また!」

呼び止める声が聞こえてきたけれど、あたしは足を止める事なく、ただがむしゃらにその場を走り去った。
形勢逆転。あたしに、楸さんの母親ともう1度顔を合わせる勇気なんて、なかったのだ。


だけどもう、来た時に渦巻いていた不安は綺麗さっぱり残っていなかった。

楸さんの声、表情、匂い、温もり。

すぐ傍にあるような気がして、雪の冷たささえ身体の内側に伝わってこない。あたしが、こんなにも楸さんを必要としていたなんて。

悔しいけれど、それは確かな事実だ。

いつか変わるかもしれない。

だけど、現在、愛しいと思える事は、嘘じゃない。


きっと、憎たらしさも、悔しさも、温かさも、愛おしさも、もっともっと大きくなっていく。そして、いつかあたしをどうしようもなくさせるんだ。そうやって、あたしを苦しめていく。

やっぱり、楸さんはあたしの疫病神だ。


でも、今はもう、貧乏神でも疫病神でも、何だっていい。そんな難しい事どうだっていい。

楸さんがずっと傍にいる未来を、こんなにも何百回、何千回と頭の中で描いているのだから。