スピカ

「……やっと、聞けた」

独り言のようにそう呟くと、楸さんはそっと煙草をくわえた。

ほら、すぐに口を塞ぐ。

楸さんは、狡い。凄く狡い。伏せた視線の行方も、手で隠れた顔も、ポケットにしまい込んだ右手も。あたしに、何も教えてくれやしない。

「狡いよ、雅ちゃんは」

「え?」

それは楸さんの方じゃないの。
狡いのは……、

「そうやっていつも人を引っ張り回して」

「ひっ、楸さんの方こそ!」

慌ててそう反論する。あたしが、今の今まで、一体誰に困らされていたと思っているんだ。他でもない、楸さんなのに。
楸さんは目を合わせないまま、あはは、と首を振った。

「ペースは乱すわ、生活は乱すわ、思いきり殴るわ、心配かけるわで……、挙句の果てにはフラれるし」

右の眉が浮く。煙草を持つ手が離れていくと、緩んだ口元が現れた。

「こんなに手のかかる女、初めてだよ」

「嘘吐くな。頭は女の事ばっかのくせに」

今更、口説き文句を聞くなんて、呆れ笑いが零れる。「そうだよ」と言わんばかりに楸さんは困った風に笑い返した。

口を閉ざしたと思うと、伏せていた眼が急に、こっちへ向けられた。するりと手が伸び、指先が近づいてくる。

「ね、キスしていい?」

「ダメ」

頬に触れ、背筋を僅かにぞくりとさせる。顎をなぞると、指はそこで止まった。

「キスしたいな」

「やだ」

「……どうして?」

「その煙草、嫌いなの」

低い声でぽつりと答えると、楸さんは目を丸くした。それから、「それだけ?」と首を傾げる。濡れていた毛先から雪解け水が1滴落ち、マフラーに沈んでいった。

「でも、嫌なものは嫌なの」

嘘は言っていない。元々、嘘が嫌いな性格という事もあるけど、それだけじゃない。
現在ここで楸さんとキスする事を、欲しがる自分と、悔しいと思う自分がいたからだった。眼を見つめるほどに、愛しさが込み上げてくるのに。

そして、もっと欲しがればいい。あたしがいなきゃ、何も喉を通らなくなるほど、あたしを必要とすればいい。
……あたしみたいに。


「1分だけ、我慢……」

聞き逃しそうな声でそう呟くと、楸さんはくいと顎を持ち上げた。