口を結んだまま、楸さんは視線を宙へ逃がす。
止む事を知らない雪は、湿った髪を白に染めていく。白銀世界の中でも、その眼は白く染まったりはしない。2つの瞳は、言葉に表すならば、漆黒。負けずに、黒が白の中に浮かび上がる。周りのものまで全部黒く染めてしまいそうなほど、鮮やかで、強い。
ポケットから財布を取り出すと、楸さんは体を背け、自販機に小銭を入れ始めた。静かな路地に、金の音が何回か響く。最後の硬貨を入れ終えると、迷う間もなくボタンを押した。
「ね、」
煙草が下に落ちてくるのと、声がちょうど重なった。あたしが反応する前に、楸さんは買った煙草を手にする。体を起こすと、寄り道なく、黒い、2つの眼があたしを捉えた。
「さっき言った事、嘘じゃないよね?」
「え?」
「ずっといてほしい、って。俺が、……必要だ、って」
はらはらとフィルムが剥がれ、器用に1本だけ煙草が顔を覗かせる。青白いそれをくわえると、楸さんはあたしへ視線を戻さずに、ポケットからライターを取り出した。
「……うん」
炎に寄せていた視線が、たじろぐ。微かに揺れて、すぐに火の元へ戻った。
正直、あたしがさっき言った言葉なんて、もうはっきりと覚えていない。あの時は必死で、楸さんを引き止める術すら思い浮かばなかったのだから。
迷惑に、馬鹿みたいに、ただ、「行かないで」と言っていた事しか分からない。
だけど、それがあたしが伝えられる気持ちであったし、伝えたい言葉だった。
「嘘なんかじゃない」と言い足すと、胸が苦しくなった。何かの手に、きゅっと心臓を握られているような痛み。だけど、辛い訳じゃない。押し潰されそうほど強くて、優しい痛み。
苦しくて、緩んだ涙腺からまた涙が出てきそうになった。
止む事を知らない雪は、湿った髪を白に染めていく。白銀世界の中でも、その眼は白く染まったりはしない。2つの瞳は、言葉に表すならば、漆黒。負けずに、黒が白の中に浮かび上がる。周りのものまで全部黒く染めてしまいそうなほど、鮮やかで、強い。
ポケットから財布を取り出すと、楸さんは体を背け、自販機に小銭を入れ始めた。静かな路地に、金の音が何回か響く。最後の硬貨を入れ終えると、迷う間もなくボタンを押した。
「ね、」
煙草が下に落ちてくるのと、声がちょうど重なった。あたしが反応する前に、楸さんは買った煙草を手にする。体を起こすと、寄り道なく、黒い、2つの眼があたしを捉えた。
「さっき言った事、嘘じゃないよね?」
「え?」
「ずっといてほしい、って。俺が、……必要だ、って」
はらはらとフィルムが剥がれ、器用に1本だけ煙草が顔を覗かせる。青白いそれをくわえると、楸さんはあたしへ視線を戻さずに、ポケットからライターを取り出した。
「……うん」
炎に寄せていた視線が、たじろぐ。微かに揺れて、すぐに火の元へ戻った。
正直、あたしがさっき言った言葉なんて、もうはっきりと覚えていない。あの時は必死で、楸さんを引き止める術すら思い浮かばなかったのだから。
迷惑に、馬鹿みたいに、ただ、「行かないで」と言っていた事しか分からない。
だけど、それがあたしが伝えられる気持ちであったし、伝えたい言葉だった。
「嘘なんかじゃない」と言い足すと、胸が苦しくなった。何かの手に、きゅっと心臓を握られているような痛み。だけど、辛い訳じゃない。押し潰されそうほど強くて、優しい痛み。
苦しくて、緩んだ涙腺からまた涙が出てきそうになった。


