じゃあね、と同時にドアが閉まる。とは言っても、あたしが強引に閉めたのだけれど。

閉める間際に見えたいつものチャラけた笑顔が、目に焼き付いて離れない。
かっこよくて、とかそんなロマンチックな理由なんかじゃない。ただ単に、むかつくからだ。

何がもっと素直に生きなさいよ、だ。
昔の少女漫画かよ。


あたしは素直に生きてる。
何不自由ない暮らしをして、大事な親友だっていて。そりゃあ、ハゲの遺伝子を受け継ぐのはかなり嫌だけど、家庭に問題を抱えている訳でもないし、恵まれている。

言いたい事だってちゃんと言ってる。我慢だって公共の場以外では別にしてるつもりなんてない。

十分素直に生きてる。


なのに、何?
これ以上、どう素直になれって言うのだろう。


楸さんには、あたしが素直じゃないように見えるのだろうか。

……あたしには、女として何か足りないものがあるって事?




いやいやいや。
待て、相手は楸さんだ。

あの馬鹿が、そこまで深く考えて物事を言っている訳がない。特に意味があって言ったとも思えないし。



……って。
どうしてあたしが楸さんなんかの言う事を気にしなくちゃならないんだ。訳が分からない。


だけど、どうして「分かってる」なんて言っちゃったんだろう。あたしが素直じゃないって、認めたみたいじゃないか。


あ、やば。

かなり、

「……むかつく」


考えるのが歯痒くなり、イライラしながらベッドに倒れ込んだ。
スプリングが効いて、ぐらんと視界が揺れる。蝉の声に混ざって、軋んだ音が部屋に響いた。
急に静かになるのはどこか居心地が悪い。あたしの部屋なのに。


だけど、少し、ほんの少しだけ、ほっとした。楸さんがいつも通りふざけていて。


傷つけたかと、思ったから。

あんな態度を取られちゃ、さすがのあたしでも、罪悪感に苛まれるじゃないか。

あの瞳が、まだ瞼を凌駕している。


ぎゅっとベッドに顔を押し当てると、仄かに、嫌いなあの香水の匂いが香ってきた。脳内麻薬のように、感覚を鈍らせる。


「……匂い、つけてんじゃねぇよ」