小さなメモ用紙を広げると、看板にあるものと同じ名前が書かれてあった。

――すぐ近くに、楸さんの実家がある。

そう思うと、今更不安が込み上げてきた。まず最初に何を言えば良いのか、分からない。

伝えたい事が、たくさん、たくさん、あるの。

だけど、言葉にするには、まだあたしには整理がつけられていない。それでも、引き返す訳にはいかないし、ここで踏み止まっている訳にもいかない。

ポケットに紙をしまい込み、看板に向かって再び歩き出す。
髪の隙間から当たる風が冷たくて、耳が千切れそう。鼻だって、ちゃんと機能しているのかも分からない。時々、鼻水が顔を出さないように吸い上げるだけ。

横断歩道に足を踏み出すと、青信号が点滅を始めた。だけどこんな雪道じゃ、小走りしただけで転んでしまいそうだ。
ゆっくり歩いていると、横断歩道の途中で信号が変わってしまった。けれど、どうやらあまり急ぐ必要はなかったらしい。平日という事もあってか、車なんて全くと言って良いほど通っていないのだ。

信号を渡りきると、色褪せた看板が目の前にあり、廃れているのがより鮮明に分かった。

あたしの住んでいる所からたった10数駅しか離れていないのに、もう全く見知らぬ土地で、その上、雪まで降っている。
正直言えば、楸さんはもっと都会に住んでいるのかと思っていた。田舎とまでは言えないけれど、ここは、到底都会とは呼べない。

でも、悪くはない。

ここで楸さんが育ったのかと思うと、何だか全てが新鮮で、どこか懐かしい感じがした。