脇から乾いた小さい音が聞こえてきた。
楸さんがさっきの紙を捨てたのだろう。いちいち視線を送る必要もない。


「雅ちゃんにも彼氏なんていたんだ」

は?

「どういう意味」

わざと無愛想にそう言う。だって、今のは失礼極まりないでしょ。イラッとくる。

左に視線をずらすと、目が合った。もう不埒に笑ってやがる。

「彼氏とか、そういうの興味ないのかと思ってた」

「いちいちむかつくんだけど。そっちこそ人の事言えないじゃん」

キッと威嚇する。不快感に、目の下がだんだんと引き攣ってきた。

だけど、ほんの一瞬楸さんの目が曇った、ような気がした。
図星を言われたかのような、そんな顔。



「……そんな事ないよ、多分」

あ、と後悔する前にはもういつものチャラけた表情に戻っていて。
罪悪感に苛まれて、余計に後味が悪い。

「だって俺、女の子大好きだし」

「うるさい。そういう意味じゃないわ!」

ニッと笑うと、楸さんはポケットに突っ込んでいた手をあたしの頭の上に乗せた。一瞬でも、殴られるのかと思い、ビクついた自分が恥ずかしい。
初めて、細身な楸さんの手がこんなにも大きかったという事に気づく。
ドキッと言うよりも、思いがけない行動にぎょっとしてしまった。

「雅ちゃんも女の子なんだから、もっと素直に生きなさいよ」

「わ、かってる」

頭上にある手を押し退けようとすると、ちょうど、楸さんも手を浮かせたところだった。あたしの手はほとんど空を掻き、楸さんに軽く触れてしまっただけで。
楸さんはそのまま元通り、ポケットに手を突っ込んだ。

頭の重みが消えても、まだ心臓は浮いたまま。

「よしよし。偉いぞ、ポチ」

「誰がポチだ」

無邪気に笑うその笑顔が、更にあたしを苛立たせる。このままだと、胃に穴が空いてしまいそう。

「家賃払ったんなら、さっさと帰りやがって下さい」

「へいへい。仕方なく今日は退散してあげよう」

いちいちカチンとくる。高笑いするその肩を、強引にドアの方へ押しやった。

「出てけっ!」