硝子越しに見える灯りが、ぼんやりと眼に焼き付く。空は、夜と言うにはまだ少し明るくて、ふっと点いた外灯が眩しいくらいに感じてしまう。

玄関の内からじゃ、夜空は、拝めそうもない。今日は天気が良くなかったから、どうせ、灰色の雲が月を邪魔しているだろう。こうやって、ただ時間の経過を見ているのも、怖いもので、ふと疑問が頭に浮かぶ。

あたしは、いつまで楸さんを待っていればいいのだろう。

「ごめん」というたった3文字の言葉が、あたしの中でぐるぐる回っている。その言葉を伝えるために、ずっと待っているなんて、馬鹿みたいだ。本当、あたしらしくない。

カタン、と門の音が鳴り、焦点の定まっていなかった眼が急に生き返った。だからと言って、特別期待するのは、もう止めた。このアパートに住んでいるのは、楸さんだけじゃないのだから。他の住人が帰って来るのが毎日の出来事で、それを期待するのは、あたしの思い過ごしにしかならないと気づいたから。
それに、次に楸さんが帰って来る時は、一先ず、うちへ来ると思う。多分。そう考え始めたのは、昨日の事だ。あたしは、頭の冴えすらも鈍ってしまったらしい。

だけど、

「――!」

そうだと気づいても、期待するの気力は、まだ、あるみたいだ。

急に心臓がびくんと跳び撥ねた。

足音は固い鉄筋を踏む音に変わらず、そのまま、砂をじゃりりと擦ったままで。アパートの方ではなく、だんだん、こっちに近付いて来る。

お父さんはもう、帰っているのに。

速くなった鼓動が寒気さえも立たせる。



――楸さんだ。