「雅……そんな所で待ってたって、楸君、いつ帰ってくるか分からないのよ?」

そんなの、分かってる。

「寒いのにそんな所にいたら、また風邪引くでしょう」

いい加減にしてよ、と声を凄める。けれども、それくらいで怖じけづくような娘じゃない。あたしはぴくりとも動かずに、ただ真っ暗な硝子の外を見つめていた。

「はぁ……聞いてるのかしら」

わざとらしい溜め息が聞こえ、ようやく諦めたのか、スリッパの音が次第に遠ざかっていった。
廊下には、透き通るような冷たい空気と僅かに漏れてくるテレビの音が混ざり合っている。あたしはそれを気にも止めずに、じっと膝を抱えていた。


確かにお母さんの言う通り、楸さんがいつ帰って来るのかなんて、分からない。皆目見当もつかない。

でも、いつ帰って来るか分からないからこそ、待っているんじゃないか。

また会えないままなんて、嫌だから。


玄関の格子の隙間から、黒い夜空と外灯の光が、千切り絵みたいに映し出される。オレンジの光が揺れる度に、楸さんが帰って来たんじゃないかって、はっとする。

だけど。どれも気のせいで、楸さんは帰って来ない。

まだ、帰って来ない。