吐息が白く染まる。夜空には澄んだ空気と、知らない星が浮かんでいる。
胃が縮まるくらい寒い。

引っ掛けたスニーカーで階段を上るけれども、足元が暗くてよく見えない。ほとんど感覚だけで上っている。

第1声は、何て言えばいいのだろう。それよりもまず、どんな顔をして会えばいいのだろう。

いろいろな事が頭の中で絡み合ったまま解けずにいる。けれども、楸さんの部屋はもう目の前で。手が空を彷徨う。

躊躇いを含んだ拳で扉を叩くと、物凄くか弱い音が小さく響いた。
確かに、部屋は広くない。それでも、中までちゃんと届いたかは分からないほどだった。
薄暗い光が“久住 楸”という文字を不気味に照らしている。

反応は、ない。やっぱり、聞こえなかったのかもしれない。

待ち兼ねて、今度はコンコンと2回、しっかりと扉を鳴らした。



……何も返事が来ない。

いつもみたいに居留守だとは思えない。まだ、帰って来ていないのだろうか。そういえば、気違いなほど、いつもバイトしていたっけ。

行き場をなくした手を口元に運び、はあ、と息をかけると、篭った熱がかじかむ指先に伝わってきた。じわりと血液の中まで染み込んでくるような感じがする。ひんやりとした手を顔に当ててみると、冷たくて、泣き出してしまいそうになった。


返事が返ってこないのが、こんなにも苦しいなんて。今、ほんの少し分かった気がする。

楸さんは、この何倍苦しかったのだろう。

解ってあげられなかった。
何も言ってあげられなかった。


脳を掻きむしりたくなるほど、もどかしくて仕方がない。


埋めたまま顔を上げられずに、ドアの前にしゃがみ込む。服を通して伝わって来る鉄扉の冷たさが、痛いくらいに背筋をぞくりとさせた。