何も、感じられない。
複雑な気分にさえなれないほど、頭は中身がなくて。白紙のページが、果てなく続いている。
目の前のものを失った瞬間って、きっとこんな感じなのだろう、とぼんやり思った。


「何、言ってるんですか。あたし、そんなの……」

そんなの……何だろう。言葉が続かない。
あたしは何て答えればいい?
何を、思えばいい?

好きだと言われただけで、どうしてこんなにも苦しくなるのだろう。こんなの、可笑しいじゃないか。
矛盾している自分が奇怪で、滑稽で。


「もう、いいや」

溜め息と諦めたような言い草に、身体がびくりと脈打つ。
表情は、何もない。顔中の神経が麻痺してしまったかのように、凍てつく寒さすら伝える事を許さない。ただただ、楸さんの動きを静かに見つめるだけで。

「……ごめん、もう、いいから。気にしないで。好きとか、雅ちゃんが少しも思ってない事、知ってたから」

そう。思っていなかったよ、少しも。見ようとさえ、していなかった。楸さんの事なんて。

やっぱり、冷たい、氷みたいな女だ。あたしは。反応すら、未だ出来ないでいるのだから。

「フラれるのは慣れてるけど……やっぱり辛いもんだな」

そう言って力無く笑うと、きぃ、と軋む門に手を掛けた、

青白い光が、消えそうになっていく。
獲物を狙うようなギラギラした眼に映るのは、もう、濁った世界で。見ているだけで引きずり込まれてしまいそうなくらい黒くて、奥が見えない。

「じゃ、またね。ばいばい」

「……じゃあ」

爪先をアパートの方へ向けると、いつもと変わらない足取りで、あたしの進行方向から逸れていった。それが何だか切なくて、胸がぎゅっと締め付けられる。楸さんの背中を見ると、いつもこんな気持ちになる。

それでもいつもと違うのは、ただ、楸さんが振り向く事は、1度もなかったという事だ。