冬空に溶けてしまいそうな瞳。前よりも髪が少し赤みを帯びた。
黒いマフラーから覗かせる口元は、兎みたいにきゅっと結ばれている。浮遊していた視線の先が、ふわりとこちらへ移ると、小さく声を漏らした。

「雅ちゃん」

心臓が一気に汗を掻いたような、そんな感じがした。何も返事が出来ないまま、目の前の人物から視線を逸らす事もままならない。
優しくて、それでいて、どこか冷たい眼。
こんな状況になって、初めてそれに気がついた。

「洋君、何して……」

「久しぶり」

思わず背筋がぞくりと凍ったのは、あたしが洋君に負い目を感じているという理由だけじゃないと思う。

「雅ちゃんの家で待ってたら、絶対会えると思って。……何か俺、ストーカーみたいだな」

照れたような笑みを零す。
洋君って、こんなにも力無く笑う人だったろうか。最後に見た表情なんて、もう思い出せない。

「って、何引いてんだよ」

「へっ? あ、いやっ、引いてない引いてない!」

呆気に取られたまま否定するあたしは、何だか滑稽で、冷静さなんて一欠片も残っていない。洋君の目元は緩む事を許さず、口だけで、良かった、と微笑んだ。


甘い、思い上がりをしていた。

洋君の笑顔に違和感を感じながらも、どこか胸を撫で下ろした自分がいた。

この人はまだあたしを好きだ、だから怒っていない。謝れば何でも許してくれる、って。
そんな都合の良い話、ただの馬鹿でも信じないのに。

その思い上がりも、ほんの一刹那の気休めでしかなく、一瞬にして砕け散ってしまった。


ふと真剣になった洋君の眼に、さっきと同じか、それ以上の寒気を覚えた。

「……場所変えよっか」

指の差す先は、近くの公園。
断るも何も、あたしに選択肢はない。ただぎこちなく頷くしか出来なくて、向きを変えた洋君の背中を見るだけで、焦燥感と罪悪感に駆られてしまう。いっそ、逃げてしまいたいくらい。

「聞きたい事あるし」

ぼそりと付け足した声が、もう洋君のものじゃないみたいで。

息苦しい呼吸をしながら、出来る限り落ち着いてその後ろを追った。