ぼんやりと上げていた視線を足元に向けると、自分の足が交代で目に映ってくる。
その下にあるのは、くたびれた地面と、もう、1週間もそこに落ちてある空き缶。
苦しそうにコンクリートに根を張る雑草。
2つ目の石にひびが入っている、見慣れた塀。
昔は紅葉の枝がこの塀から飛び出ていて、よく、跳び撥ねて葉を落とそうとした事があった。今ではもう、紅葉の木自体がないのだけれど。


こんな時に、ふと、楸さんの言葉を思い出す。

変わらないものはない、と。

あたしの今までを否定する言葉だった。
求めるものを失う、絶望の言葉のはずだった。

でも、違った。

変わらなければ、良くならない事もある、って。

その言葉の本当の意味は、あたしにはまだ理解し得ないけれど、何となくなら、分かる気がする。しかも、多分身をもってそれを知っている。

今のあたしが、前みたいに焦燥感や虚無感が入り乱れたりしなくなったのは、きっとそのせいだろう。

冷静でいても、どこか物足りないのを知っていて、本能的に寂しさを回避する手を考えていた。そうする事でしか虚勢を張れない、愚かな人間だった。


そんな重たい事を考えながらも、している事は、いつもと何も変わらずに帰り道を縮めていくだけ。

風に細まる睫毛が視界を僅かに霞め、雪の幻覚さえ引き起こす。朝は白かった吐息だって、もう白くはないのに。

視界が次第にはっきりしていくにつれ、少し先に人影がある事に気づいた。今度は、幻ではなくて現実らしい。

輪郭が明確になるのと同時に、さっきまでずんずん進んでいた足が、戸惑いを感じ始めた。
ぴたりと止まった足が、後退りをしようと信号を出している。それなのに、動かない身体と、彼を捉えたまま離れない眼が、この状況に反応出来ずにいた。