「じゃあ、洋にはそう伝えておけばいいかな?」

「お願いするよ」

分かったと呟いた途端、悠成君は、また変な表情のまま口を結んだ。
一直線を描く唇の、内側で彷徨っている言葉を予期出来ない。ただただ、踵を返すのを躊躇わせる。

「本当に、」

悠成君の瞳が、闇を捕まえる。それに反応し、つい浮いた視線が、闇に引きずり込まれそうになった。

「嫌じゃないんだよね?
 そう伝えるけど、本当に、良い?」

念を押すように、そう尋ねる声がどこか威圧的で、今度はあたしが言葉を噤んでしまった。

あたしにとって、洋君は何なのだろう。
傷付けたのは、悪いと思っているけど。

寂しさを紛らわす、都合の良い男にする気はない。かと言って、好きなのかと聞かれれば、首を縦には振らないだろう。
もちろん、嫌いじゃないのは事実なのだけれど、恋愛対象として好きという感情は、多分、持っていない。

自分が分からない。

嫌いじゃないから、ただ、寄って来るから拒まないだけ。
……なんて言ったら、悠成君も洋君も、目の色を変えて怒るだろう。

今のあたしには何も言えなくて、逃げようとする身体を、悠成君の方へ向けておく事で精一杯だった。

「……嫌じゃないよ」

ぽつりとそう答えると、少し間を置いて、悠成君は低い声で「分かった」と繰り返した。
声色からはもう何も読み取れず、じゃあ、と教室に戻って行く仕種だけを残して、悠成君は場を去ってしまった。

視線を上げるのも煩わしくて、目を伏せたまま、あたしはチャイムの鳴る廊下を戻り始めた。