「ね、雅」

向かいへ目をスライドさせる。
前の席に座った亞未は、開いていた単語帳をぱたりと閉じ、視線を1度上げて、再び端へ泳がせた。

「あのさ、」

「何?」

「あの、……別れたんだ」

突然で、しかも主語がない。それでも、あたしには何の事かはっきりと分かってしまう。悠成君との事だ。

下手な苦笑いが、どこかリアル。
冷めきったあたしの心は、少し間を置くだけで、再び脈打ち始める。前から別れるかもしれないと聞いていたけれど、やっぱり結構ショックかもしれない。

「そ、か……」

「うん、昨日ね」

あんなにも仲良しだったのに。
あんなにも幸せそうだったのに。

これが、時間の理。

ひょんな事で終わりを告げる。
悲しいくらいに、一瞬で。

怖い。


「で、でも、これですっきりなの」

どこが……。
無理矢理に作った笑顔を向けて、一体、どこがすっきりなのか。
だけど、あたしには諭す権利なんてない。亞未が出した答えを揺るがしちゃいけないんだ。

「あたしは受験に集中したいし、悠成はもう我慢しなくて済むでしょ。悠成には辛い思いさせちゃったし、これで良かったんだよ。多分」

よく見ると、化粧で隠しているみたいだけれど、目が少し腫れている。
あんなに気丈な亞未でも辛かったんだ。励ますなんて出来ない。亞未自身が決めた事だから。

「……うん」

だからと言って、頷くしか出来ないのも無力なものだ。
それでも逆に気遣ってくれる亞未が、あたしといるには勿体ないくらいで。時々、自分が無性に嫌になる。

「あ、でも! だからって、洋君と気まずくなる、なんてのは止めてよね。あたし達の事は気にしなくていいから」

「分かった」

よしよし、と呟き、亞未は口の端に白い八重歯を覗かせた。その口元につられて、頬を緩ませる。

これで良かったのかな、あたしは。

不安そうに揺れる瞳がいたたまれなくて、それでも何も出来なくて、ただ、目で追うだけ。

「よしっ。暗いのは、もう終わり! 勉強するぞぉー!」

背筋を伸ばしながら、そう雄叫びを上げると、亞未は古文書のようにくたびれた単語帳をもう1度開いた。