スピカ

 携帯のボタンを無造作に押しながら、どうやって背後の人物を振り切るか考える。

こういう時、冷めた人間は便利だ。焦っていても、自然と冷静に対処法を考えられるから。

とりあえず足をさっきよりも早めながら、携帯の電話帳を開く。
やっぱり男の人に頼るべきだろうか。よく分からないけど、携帯のメモリーで探ってみる。

だけど、どれもいまいち。

あたしに、頼れる男なんていないらしい。
たまたま目に入った名前が、妙にナイスタイミングで笑える。あたしは“良平”と表示されたメモリーを躊躇する事なく、削除した。
少し後味が悪いだけで、こんなの慣れっこだ。

た行までページを移動させ、さっき別れたばかりの、亞未の名前を探す。

通話ボタンを押そうとした時、背後で声がした。


「……雅ちゃん?」

ゾクリとした感覚と共に、慌てて後ろに振り返る。すると、青白い電灯の下には明るい茶髪の男が。

「げ……!
 ひ、さぎさん……こんばんは」

「こら、“げ”って何だ、“げ”って!」

へらへらと笑いながら近付いてくる。
ああ、あたしはやっぱりこの人が苦手だ。

「奇遇だねぇ、こんな夜中に」

「そうですね。帰り道一緒だけど」

驚かすんじゃねぇよ、と苛立ちながら携帯を鞄に直す。

楸さんに驚かされたなんて、何だか本当の変質者に遭遇するより損した気分になる。
しかも、こんな憂鬱気分の帰路を、一緒に過ごさなきゃならないなんて、最悪だ。